FRPクライシス

FRP(Functional Reactive Programming)は、リアクティブプログラミングと関数型プログラミングの性質を持つプログラミングパラダイムである。FRPは古典的FRPと矢矧のFRPに大別される。

古典的FRP

古典的(Classical)FRPは、非連続的な値の列Eventと、常に何らかの値を取るBehaviourの二種類の構造を導入したものである。 代表的な実装としてreactive-bananaeuphoriareflexなどが挙げられる。

Haskellにおいては、EventはIOを通じて非同期的に生成できる設計が多い。Eventはマップやフィルタリングができ、モノイドとして合成することもできる。なお、GenはFRPの構造を扱うのに要求されるモナドで、実装の都合上しばしば必要となる。Behaviourは現在の値を取り出せる他、HaskellならApplicativeのインスタンスにもなる。「読み取り専用のIO」とも言えるかもしれない。CFRPの構成要素をまとめると以下のようになる。 Eventを畳み込むaccumが肝で、Behaviorをサンプリングするapplyが心である。

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矢矧のFRP

矢矧の(Arrowized)FRPは、値ではなく変換に着目し、値を変換する機構を導入する。Category及びArrowインスタンスであるため、関数と共通の演算を持つ。実装はYampawiresなどがある。

(>>>) :: Category (~>) => (b ~> c) -> (a ~> b) -> a ~> c 
arr :: Arrow (~>) => (a -> b) -> a ~> b
(***) :: Arrow (~>) => (a ~> b) -> (c ~> d) -> (a, c) ~> (b, d)

その実態は多くの場合ミーリマシンであり、状態を保持できる。表現する方法は色々あるが、例えば以下のような構造なら、入力に応じて次のMealyを決めるということができる。

newtype Mealy a b = Mealy { runMealy :: a -> (b, Mealy a b) }

(>>>)(***)などを直接組み合わせるのは骨が折れるが、Arrow記法を用いることで比較的簡単に記述できる。arteryというライブラリでシンセサイザーを実装したを紹介する。

sineWave :: Artery m (Float, Float) Float -- 周波数と位相を入力とし、正弦波を出力する
genADSR :: Float -> Float -> Float -> Float -> Artery m Bool Float -- なめらかな立ち上がり・立ち下がりを持つエンベロープを生成する

bell :: Artery m (Float, Bool) Float
bell = proc (freq, gate) -> do
    env <- genADSR 0.01 0.4 0.2 0.4 -< gate
    m <- sineWave -< (64 * freq, 0)
    sineWave -< (freq * 2, m * env * 0.5)

入力を明示的に表現する必要があるが、CFRPに比べるとパフォーマンスにおいては優れている傾向がある。また、矢矧のFRPは固有の概念が少ないのも長所である。

FRPの問題点

両者の共通の利点でもあり落とし穴でもあるのは、状態を隠蔽できるというところだ。状態を完全に隠蔽することで組み合わせやすくなる場合もある一方で、一度FRPで構築したものは、状態が隠れているゆえに拡張性が乏しい。古典的FRPにおいては、入力への依存性も隠蔽されているため、特に注意が必要である。隠れた状態が増えるほど、プログラムの性質は複雑で把握するのが難しくなる。同時発生するイベントの処理も注意が必要である。

注意すべきこと

  • 何でもFRPで書こうとしない: FRPは、異なった内部状態を隠蔽し、合成可能な共通の型によって扱うことを可能にする。しかし、この利点が活きないような場所に適用すれば、単に再利用性とパフォーマンスが犠牲になるだけである。
  • ライブラリのインターフェイスFRPに限定しない: APIFRPに限定することは、FRPに起因する問題を回避する手段がないことを意味し、ユーザーにとって足枷となる。FRPAPIは色々な操作をまとめることで成り立つが、その内部の操作もエクスポートされていれば柔軟な使い方ができる。よっぽどの信念がない限り、FRPはアプリケーションのコードだけにとどめ、ライブラリの実装では使わないのが得策だろう。
  • FRPによって何が得られ、何が失われるか常に意識する: FRPでプログラムを表現することは、内部状態にアクセスする、文脈に依存せず動作するという性質を犠牲にして、状態の隠蔽、簡単な合成を可能にする。本当に自信がない限り、FRPを使うべきではない。
  • FRPは、プログラムの注意点を増やし、決して減らすことはない: FRPが新たな構造と演算を導入する以上、冗長性をいくらか解消できても、本質的な複雑さをなくすわけではない。安全に使いこなすには仕組みの理解が不可欠であり、多くのCFRPライブラリのように、実装が隠蔽されている場合は特に気をつけるべきである。

FRPの代わりになりうるもの

  • STM TVarを中心とする、状態を保持する構造に対する操作(トランザクション)を、STMという専用のモナドで記述する。トランザクションは状態が更新された時に実行されるようにでき、リアクティブな動作を表現できる。並行処理との親和性が高いのも魅力である。
  • ストリーム処理ライブラリ 入出力と状態を扱うという面ではFRPとの共通点が多い。何もファイルやネットワークなどに限定する必要はなく、アプリケーションのロジックをストリーム処理ライブラリで記述するのもアリだ。
  • objective objectiveはHaskellオブジェクト指向を実現するライブラリである。オブジェクトは自然変換とミーリマシンの性質を併せ持っており、矢矧のFRPの発展形としても見ることができる。FRPと同様、安易な使用はアンチパターンである。

総評

私は仕事で古典的FRPを使ったコードを保守しているが、(私から見て)過剰に使われているため、かなりの重荷である。少しでもFRPを減らして保守性を高めるべく、繊維強化プラスチックのごとき決意を固めた。