関数型言語Haskellにおいて、普通は計算の結果は関数の戻り値として扱うが、「結果を受け取る関数」 に渡すという継続渡しというスタイルもある。これは単なる冗長なやり方ではなく、様々な興味深い性質を持つ。
基本形は、a
という値を渡すところを
∀r. (a -> r) -> r
のような表現にする。たとえば、与えられた数の42倍を渡したいとき、そのまま\x -> x * 42
ではなく、\x f -> f (x * 42)
と書く。もちろんこれだけではありがたみが分からない。
さて、与えられた文字列の中のうち、大文字のアルファベットを取り出し、それがアルファベットの何番目か計算するプログラムを作りたい。普通はリストを使ってこのように書くかもしれない。
import Data.Char uppers :: [Char] -> [Int] uppers [] = [] uppers (x:xs) | isUpper x = fromEnum x - fromEnum 'A' : uppers xs | otherwise = uppers xs
継続渡しにすると([Int] -> r) -> r
という形にもできるが、あえて(Int -> r) -> r
のようにInt
を渡したい場合はどうなるだろうか?すると、r
のために新たな演算が必要になる。
uppers :: (Int -> r) -> [Char] -> r uppers f [] = (空っぽ) uppers f (x:xs) | isUpper x = (がっちゃんこ) (f (fromEnum x - fromEnum 'A')) (uppers f xs) | otherwise = uppers f xs
ここで(空っぽ)
と(がっちゃんこ)
の型に着目しよう。
(空っぽ) :: r
(がっちゃんこ) :: r -> r -> r
つまり、r
は空の値と、結合する演算を持つような型であることがわかる。これはモノイドと呼ばれる代数的構造である。HaskellではMonoid
型クラスとして提供されている。
class Monoid a where mempty :: a (<>) :: a -> a -> a -- 実際は(<>) = mappendとして定義されている
Monoid r
の制約をつけ、空っぽとがっちゃんこはそれぞれmempty
と(<>)
で置き換えてやれば望みのプログラムは作れる。
uppers :: Monoid r => (Int -> r) -> [Char] -> r uppers f [] = mempty uppers f (x:xs) | isUpper x = f (fromEnum x - fromEnum 'A') <> uppers f xs | otherwise = uppers f xs
大文字をカウントするには、要素を数えるような振る舞いを持つモノイドを作ればよい。
data Count = Count { getCount :: Int } instance Monoid Count where mempty = Count 0 Count m <> Count n = Count (m + n) single :: a -> Count single _ = Count 1
実際にはSumというモノイドが定義されており、Countと同様、足し算がなすモノイドとして働く。
uppers
にsingle
関数を渡すとCountが返ってくる。その中身は数え立てほやほやの大文字の個数だ。
getCount . uppers single :: [Char] -> Int
uppersは、リスト以外の構造に対しても考えられる一方、要素の数え上げを実現するCount
は、uppersの扱う対象の構造には関与しない。その関心の分離に、このスタイルのパワーが表れている。
uppers :: Monoid r => (Char -> r) -> Map String Char -> r uppers :: Monoid r => (Char -> r) -> Maybe Char -> r uppers :: Monoid r => (Char -> r) -> Seq Char -> r
標準ライブラリでは、uppersのような操作を抽象化するFoldable
というクラスが定義されている。
foldMap
は、コンテナf a
の要素をすべて与えられた関数に渡すことが期待されている(期待されているというのは、一部だけ渡しても、あるいはまったく渡さなくても正当なインスタンスたりうる)。
class Foldable f where foldMap :: Monoid r => (a -> r) -> f a -> r
なお、大文字のみをフィルターする機能は独立して定義することが可能だ。
filtering :: Monoid r => (a -> Bool) -> (a -> r) -> a -> r filtering p f a | p a = f a | otherwise = mempty
また、要素のマッピングも独立した関数として定義できる。こちらは単なる関数合成だ。
maps :: (a -> b) -> (b -> r) -> a -> r maps f g = g . f
foldMap
、filtering
、maps
を組み合わせれば、uppers
は以下のように書ける。上から下に処理の流れが表現されているのがわかるだろうか。
uppers :: (Foldable f, Monoid r) => (Int -> r) -> f Char -> r uppers = foldMap . filtering isUpper . maps (subtract (fromEnum 'A') . fromEnum)
このような継続とモノイドを用いた畳み込みの仕組みは、高い柔軟性と美しい合成を提供する。
しかし、これでは不足する場合がある。というのも、foldMap
は元の構造を忘れてしまうので、構造を保ったまま要素を書き換えたりする目的には使えない。たとえば、シーザー暗号を実装したい場合、今までのuppers
では元のリストを失ってしまうため実現できない。
元のuppers
の定義に戻ってみよう。(空っぽ)
と(がっちゃんこ)
に元の構造を取り戻すヒントを教えてやれば、どうにかうまくやれそうだ。
uppers' :: (Int -> (Intを保つ何か)) -> [Char] -> ([Char]を保つ何か) uppers' f [] = (空っぽ) [] uppers' f (x:xs) | isUpper x = (がっちゃんこ) (:) x' (uppers' f xs) | otherwise = (がっちゃんこ) (:) ((空っぽ) x) (uppers' f xs) where x' = (ごにょ) (\n -> toEnum $ n + fromEnum 'A') (f (fromEnum x - fromEnum 'A'))
ここでの(空っぽ)、(ごにょ)、(がっちゃんこ)はそれぞれ以下のような型を持つはずだ。
(空っぽ) :: s -> (sを保つ何か) (ごにょ) :: (a -> b) -> (aを保つ何か) -> (bを保つ何か) (がっちゃんこ) :: (a -> s -> (sを保つ何か)) -> (aを保つ何か) -> (sを保つ何か) -> (sを保つ何か)
(xを保つ何か)というのは型パラメータx
を持つ型で表せる。ここではf
としよう。
(空っぽ) :: s -> f s (ごにょ) :: (a -> s) -> f a -> f s (がっちゃんこ) :: (a -> s -> f s) -> f a -> f s -> f s
これらの操作ができるようなf
にはApplicative
という名前がついている。
class Functor f where fmap :: (a -> b) -> f a -> f b instance Functor f => Applicative f where pure :: a -> f a (<*>) :: f (a -> b) -> f a -> f b liftA2 :: Applicative f => (a -> b -> f c) -> f a -> f b -> f c liftA2 f a b = fmap f a <*> b
(ごにょ)
がfmap
、(空っぽ)
、(がっちゃんこ)
がそれぞれpure
とliftA2
である。すると、uppers'
はこう書ける。
import Control.Applicative uppers' :: Applicative f => (Int -> f Int) -> [Char] -> f [Char] uppers' f [] = pure [] uppers' f (x:xs) | isUpper x = liftA2 (:) x' (uppers' f xs) | otherwise = fmap (x:) (uppers' f xs) where x' = fmap (\n -> toEnum $ n + fromEnum 'A') (f (fromEnum x - fromEnum 'A'))
Applicativeは「元の構造を保てる」モノイドになっている。もしシーザー暗号を実装する場合、結果として[Char]そのものが欲しい。
そんな時は、元の構造をそのまま包むIdentity
が使える。
newtype Identity a = Identity { runIdentity :: a } instance Functor Identity where fmap f (Identity a) = Identity (f a) instance Applicative Identity where pure = Identity Identity f <*> Identity a = Identity (f a)
シーザー暗号は以下のように実装できる。Identity
は操作をそのまま中身に伝えるので、純粋な結果が得られる。
caesar :: Int -> [Char] -> [Char] caesar k = runIdentity . uppers' (Identity . (`mod`26) . (+k))
いちいちIdentity
とrunIdentity
を書くのは骨なので、以下のような関数で共通化すると便利だ。
purely :: ((a -> Identity a) -> s -> Identity s) -> (a -> a) -> s -> s purely t f = runIdentity . t (Identity . f)
各要素に対してアクションを走らせたい場合は、それをそのまま渡すだけだ。一番簡単なパターンかもしれない。
printUppers :: [Char] -> IO [Char] printUppers = uppers' (\x -> print x >> return x)
もし今までと同じように元の構造を捨て、モノイドにしたいときは、そのようなふるまいを持つApplicative
が使える。
newtype Const r a = Const { getConst :: r } instance Functor (Const r) where fmap _ (Const r) = Const r instance Monoid r => Applicative (Const r) where pure _ = Const mempty Const a <*> Const b = Const (a <> b)
uppers'
ではfmap
とpure
に元の構造のための操作が渡されていたが、Const
はそれらを捨てており、代わりにモノイドの演算をしていることがわかる。以下のsmash
は、Const
を用いて「格下げ」を行う関数で、uppers = smash uppers'
の関係が成り立つ。
smash :: ((a -> Const r a) -> s -> Const r s) -> (a -> r) -> s -> r smash t f = getConst . t (Const . f)
この強化されたuppers'
だが、こちらも共通化のためのクラスが提供されており、こちらはTraversable
と呼ばれている。traverse
はfoldMap
の上位版に位置する。
class (Functor t, Foldable t) => Traversable t where traverse :: Applicative f => (a -> f b) -> t a -> f (t b)
フィルターは今までとほぼ同じような形で、独立して定義できる。
filtered :: Applicative f => (a -> Bool) -> (a -> f a) -> a -> f a filtered p f a | p a = f a | otherwise = pure a
要素へのマッピングをするには、元の構造に戻すための関数が追加で必要となる。
isomorphic :: Functor f => (s -> a) -> (a -> s) -> (a -> f a) -> s -> f s isomorphic f g c = fmap g . c . f
traverse
、filtered
、isomorphic
を使うとuppers'
はこう書ける。Int
をChar
に戻す関数が必要になったのを除けば、Foldable
版とほぼ変わらない。
uppers' :: (Applicative f, Traversable t) => (Int -> f Int) -> t Char -> f (t Char) uppers' = traverse . filtered isUpper . isomorphic (subtract (fromEnum 'A') . fromEnum) (\n -> toEnum $ n + fromEnum 'A')
このように、foldMap
やtraverse
に代表されるようなこの手の関数は、コンテナの処理に対して素晴らしい表現力を持つ。
ならばこれを最大限に活用しようと作られたのがlensパッケージだ。
uppers'
のような関数はtraversalと呼ばれ、lens
パッケージでは型シノニムが定義されている。
type Traversal' s a = forall f. Applicative f => (a -> f a) -> s -> f s
たとえば、コンテナの特定の要素を指すtraversalなどを提供している。
ix :: Ixed m => Index m -> Traversal' m (IxValue m) -- ix :: k -> Traversal' (Map k a) a -- ix :: Int -> Traversal' (Vector a) a
また、ここで紹介したpurely
、smash
、isomorphic
に相当するものだけでなく、traversalを構築および使用する手段が豊富に提供されている。
lensが扱っていない範囲でも、この考え方はプログラミングに役に立つ。計算結果をリストか何かで返そうと思ったとき、是非このスタイルも思い出してみてほしい。